
クレベリン置き型タイプ(同社公式Webサイトより)
“ラッパのマーク”でおなじみの大幸薬品が、クレベリン騒動で時価総額を1000億円も消失させた。
【「大きな代償」とは?】
創業以来、正露丸をはじめとした医薬品の製造販売を行う老舗の製薬会社として抜群の知名度を誇る大幸薬品。しかし、同社の業績を大きく押し上げた「クレベリン」が、今度は自社の名誉を傷つけるという状況に陥った。
「空間除菌」を掲げて販売していたクレベリン。コロナ禍におけるクレベリンの寄贈によって日本政府から紺綬褒章まで受勲するほどの活躍ぶりで(現在は返上している)、“空間中のウイルスや菌を無害化するという高い除菌力”を持つとして一般家庭や大手企業などに販売し、業績を急拡大させた。
しかし、こうした“空間除菌”を標するマーケティング手法を利用した販売が次第にSNSなどを中心に問題視されるようになり、2023年4月には消費者庁から景品表示法違反で約6億円にも上る課徴金が課されることとなった。
同社の株価もコロナ禍の影響がピークとなった20年から暴落。当時1200億円ほどあった大幸薬品の時価総額は今では174億円程度にまで下落し、1000億円もの企業価値が失われた。
中でも多額の損失を抱えた株主の一つが、「バンテリン」や「キャベジン」などで知られる医薬品大手の興和である。興和は22年12月の時点で大幸薬品の株式を2.96%保有する大株主だ。大幸薬品は5月19日、「興和が大幸薬品の柴田仁代表取締役個人に対し、約95億円にものぼる損害賠償」を求めて訴訟を提起されたことを発表した。
株主代表訴訟、なぜ個人に?
今回被告となったのは、法人としての大幸薬品ではなく、代表取締役個人である。そもそも株主代表訴訟とは、会社の経営者が不適切な行為をした場合、株主がその経営者に対して損害賠償を求めることができる制度だ。
会社の所有者は「代表取締役」というイメージも強いが、代表取締役などの役員はあくまで会社の所有者である「株主」から委任を受けた者にすぎない。従って、その関係性に背くような不適切な販売手法の意思決定を行った委任者である経営者が、会社に損害を与えたとしたら、その所有者である株主に損害を賠償しなければならない、ということになるのだ。
仮に興和の請求が認められた場合、大幸薬品の代表取締役は個人資産で自社の時価総額の半分以上になる95億円もの賠償責任を負うことになる。しかし、このような天文学的な金額を個人で賠償できるのだろうか。
こうした場合、株主代表訴訟に対する保険制度が利用できる可能性がある。これは主に「役員賠償責任保険(D&O保険)」と呼ばれる保険で、企業の役員がその職務上の過失により損害を与えた場合、その損害賠償責任を補償するものである。
特に、役員が不適切行為や経営判断のミスを犯した場合に、株主代表訴訟が起こる可能性があるが、このようなリスクに対してD&O保険が存在する。
ちなみに、D&O保険の対象となるのは、会社の役員だけでなく、監査役や非常勤役員なども含まれる。保険金は会社だけでなく、個人の役員にも直接支払われるため、今回のようなケースでも賠償金を保険でカバーできる可能性がある。
しかし、D&O保険も故意の違法行為や犯罪行為については対象外となるケースがほとんどで、適法な経営活動の中で柴田氏の経営判断が故意または故意と同視できるレベルまで誤っていたかが争点となってくるだろう。
今回のケースでは、まず興和の株主代表訴訟の請求が認められるかが争点となり、仮に認められたとしても保険でカバーできれば個人へのダメージは軽減、ないしは免除されることになる。
大幸薬品はクレベリンで200億円ほど売り上げたにもかかわらず、わずか6億円のみの課徴金しか課されず、代表者も保険でカバーされる可能性があるとなると、不適切な販売でも「やったもん勝ち」とも思われそうだ。