日本への恫喝も、中国が周庭氏を狙い撃ちした理由

By | August 13, 2020

 8月10日、香港国家安全維持法(国安法)違反容疑で、新たに10人のメディア人や国際的に著名な社会運動家たちが逮捕された。これは、今までの逮捕事例とちょっと質が違う。

 逮捕された10人のうち7人は、香港紙で一番売れている反共(反共産党)・反中の立場を貫く新聞「蘋果日報」(アップル・デイリー)を創始したメディア人で米国政界に太いパイプを持つ黎智英(ジミー・ライ)氏と、その2人の息子。ライ氏の経営するメディアグループ企業「ネクストデジタル」の幹部ら4人である。

 そして、香港の民主派政党「デモシスト」の元メンバーで「民主の女神」として日本メディアにもよく取り上げられている周庭(アグネス・チョウ)氏。さらに、学生団体「学民思潮」の元メンバーでイギリス地上波「ITV」フリーランス記者の李宗澤(ウイルソン・リー)氏、政治グループ「香港故事」メンバーの李宇軒氏も逮捕された。

 香港の「立場新聞」(Stand News)によれば、李宗澤と李宇軒の両氏はこれまで「我要攬炒」(死なばもろとも)のスローガンで香港政府と中国に対する徹底抗戦を呼びかけてきた。昨年(2019年)の区議会では海外専門家選挙観察団を組織して、区議会選挙の状況を観察、報じるなどの活動をしたり、英国に対してロビー活動を行い、「党派を超えた香港チーム」の結成を促したりしていた。

 つまり、日米英の西側自由主義社会メディアがしばしば取材し、西側世論への発信力の強い人物が狙い打ちにされた格好だ。私は、これは香港の運動家個人に対する弾圧という以上に、西側自由主義社会とそのメディアに対する恫喝、ジャーナリズムに対する宣戦布告だと受け止めている。

■ ジミー・ライ氏逮捕がメディア界に与えた衝撃

 彼らの容疑は外国勢力との結託による国家安全危害ということだが、容疑事実が何かは明らかにされていない。8月12日未明までに10人は全員、保釈金を支払い保釈されているが、起訴、裁判の行方はこれからも要注意である。

 10日の逮捕者の中で一番の大物は、72歳のジミー・ライ氏だろう。1960年、12歳のときに中国本土の迫害を逃れて広州から密航し、苦労してアパレルメーカー「ジョルダーノ」を創立、その経営で得た資金で、反共・反中の姿勢を貫く蘋果日報を創業した。

 ライ氏自身は、国安法施行前から自分が逮捕されるという情報を得ており、その覚悟を持っていたようだ。10日午前、香港警察200人がネクストデジタル本社にガサ入れに入り、25箱の資料、パソコン、その他文書を押収し、ライ氏本人と息子2人、幹部ら4人を逮捕、連行した。

 このガサ入れの様子は、国際社会、とくにメディア界にショックを与えた。これがどれほど恐ろしいことかというと、香港警察が持ち出し、中国共産党当局が手に入れた資料の中には、匿名ニュースソースの実名や所在、取材協力者のリストなども含まれているかもしれないのだ。

 場合によっては、中国の内幕をリークする中国共産党内部の情報提供者が特定され、粛清されるかもしれない。そうなれば、もはや誰も、今の中国の隠蔽に気付いたり、その政治や社会に不満や疑念を抱いたりしても、その情報をメディアを通じて外部に知らせることができなくなり、世論の力によって問題を改善する手段が完全になくなってしまう。今回の逮捕は、ライ氏個人への弾圧、特定のメディアグループへの弾圧という意味以上に、メディアに期待し協力する人たちを恫喝し、絶望させる効果があるのだ。

 さらに、ライ氏は昨年、米国のポンペオ国務長官やペンス副大統領と直接面会して香港情勢への理解を訴えるなど、米国政界に太いパイプがある。ライ氏の補佐を務めるマーク・サイモン氏はCIA職員の父親をもち、自らも海軍情報局でインターンを4年経験するなど米国政界とコネクションを持っていることも知られている。マーク・サイモン氏は国安法施行前に香港を脱出しており、香港当局から指名手配されている。またライ氏は資産家であり、雨傘運動や反送中運動にも資金援助をしていた。

 つまり、香港メディアの抵抗の象徴であり、香港の民主化運動の資金源であり、香港の現状を米国政界に訴える最大ロビイストを一遍につぶそうとしたのだ。

 なお、ライ氏は8月12日未明、50万香港ドル保釈金を支払い、保釈された。

■ 周庭氏が黄之鋒氏よりも先に逮捕された理由

 だが日本メディアがより大きな関心を寄せたのは、8月10日午後10時過ぎの周庭氏の電撃逮捕だ。

周庭氏は2012年、愛国教育の義務化に反対したティーンエイジャーたちによる社会運動組織「学民思潮」に15歳で参加し、2014年の雨傘運動のときに学民思潮のスポークスパーソンとしてメディアに登場するようになった。

 学民思潮は黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏のリーダーシップが欧米メディアに大きく取り上げられたが、日本メディアは可憐な少女運動家を好んで取り上げた。彼女自身、日本のアニメやドラマ、音楽を通じて独学した流暢な日本語を話せたことが大きい。雨傘運動後は、政治団体デモシストのメンバーとなり、2019年の香港反送中デモにも参加してきた。

 その可憐な容姿もあって、日本のメディアは彼女を紹介するとき「民主の女神」といった見出しを使った。彼女自身は、その呼び名が嫌だと話していたが、自分のキャラクターが香港問題に対して関心の薄い日本の世論を喚起するのに役立つのであれば、それも自分の使命だと割り切っていたようにも見えた。たいていの取材の申し込みは、媒体の大小、イデオロギーの左右にかかわらず応じていたと思う。

 周庭氏自身は、香港の運動家の中でも比較的穏当な主張の人物で、もともとは香港独立も暴力的手法も肯定していない。香港の民主、自由、法治を守りたいと考え、「自分と異なる意見の人の言論の自由も守りたい」と語り、香港の反共的市民が嫌う比較的新しい中国本土からの新移民も香港市民である、そうした香港市民が香港の未来を選択すべきである、という「香港自決派」であった。ただ、香港警察の暴力がエスカレートするにつれ、デモが抗争的になることへの理解も示していた。

 だが国安法施行直前にデモシストを離脱し、不安も訴えていた彼女は、7月1日の国安法施行後は、比較的言動に慎重になっていた。7月1日以降の彼女の言動のどこに国安法違反の要素があるかはまったく謎である。だがそれでも、彼女は当局から監視・尾行を受けており、恐怖を感じていたという。

 同じデモシストのメンバーで、国安法で逮捕されるならば、一番国際的影響力の黄之鋒氏の方が先であろうと思われていたので、周庭氏の逮捕は意外だった。私だけでなく多くの日本のメディア関係者にとってもショックであったはずだ。

 なぜ周庭氏が黄之鋒氏よりも先に逮捕されたのか、考えられる理由は2つ。

 1つは、香港政府、中共政府が、日本のメディア、日本に対する恫喝、見せしめにするためだ。私たち日本メディアが彼女を「民主の女神」と呼び運動のアイコンとして報じたことが、中共の目の敵にさせてしまったかもしれない、という思いがある。

 国安法の「外国勢力との結託による国家安全危害」には「外国メディアへの協力、取材」を含む、というメッセージを、周庭逮捕によって、日本メディアに突き付けたともいえる。真面目で責任感の強い日本メディアほど、今後、香港市民にコメント一つ取るだけでも、その身の安全を考えて躊躇することになるかもしれない。

 もう1つは、彼女が女性でか弱く見えるので見くびったのではないだろうか。一般に拘置所で厳しい取り調べを受ければ、罪を認めて反省する。その反省の弁を西側メディアの前で本人から言わせれば、中国のプロパガンダに利用できる。このやり方も中共の常とう手段なのだ。

■ 中国共産党の恫喝は逆効果だった

 こうした中国の脅しや策略に日本メディアはどう対応すべきか。

 私が強く思ったのは、恫喝に屈することなく、周庭氏の逮捕の異常性を広く訴えて、香港の直面する問題を、西側社会の報道や言論の自由の問題として日本世論に喚起していかなくてはならないだろう、ということだった。

 結果からいえば、中共の恫喝はむしろ逆効果であった。周庭氏逮捕によって、今まで香港情勢に比較的無関心だった日本の世論が一斉に国安法問題のひどさを再認識する形になったからだ。

 ツイッターでは「#FreeAgnes」というハッシュタグが日本人ユーザーの手でつくられて瞬く間に広がった。イデオロギーの左右問わずその無事を祈る声が広がった。ヤフー、グーグルの日本部門でのトレンドキーワードで「周庭」は4位、5位となった。党派を超えた国会議員から芸能人まで、周庭逮捕に対する怒りや批判のコメントを発した。地上波のワイドショーなども取り上げ、国会前などで香港留学生や日本人有志の集会があり、日本政府の香港問題への対応を求める声が上がった。私の年老いた母までが、「周庭氏、大丈夫やろうか」と電話をかけてきた。

 鈍感な日本人も、さすがに「23歳の可憐な女性が、大した容疑事実を知らされることもなく、深夜に10人以上の警官に連行される香港の異常さ」というわかりやすい絵面で認識したのだろう。

 日本では珍しく「党派を超えて」、香港問題や国安法を座視できないという認識が国会議員にも広がっている。私はこの流れのままに、日本政府が米国などと連携して金融制裁などの実効力のある措置を伴う圧力を香港や中国にかける決断をしてくれないか、とかすかに期待し始めている。

 さて、8月11日深夜、周庭氏は20万香港ドルの保釈金を支払って、パスポートを香港警察に預けて、拘置期限48時間よりかなり早く保釈となった。

 違法集会などですでに4回の逮捕歴があり、8月5日には2019年6月21日の湾仔警察前の集会煽動の罪を問う公判もあって12月にも判決が言い渡される予定の周庭氏だが、今回の電撃逮捕については「今回の逮捕は一番怖く、きつかった」と保釈時の囲み取材でコメントしていた。

 彼女は日本メディアには日本語で答えていたのだが、最後にこんなことを言っていた。

 「1つ言いたいことは、今回の逮捕は本当に怖かったんですけれど、拘束されているときにずっと『不協和音』(日本の女性アイドルグループ欅坂46のヒット曲)という日本の歌の歌詞が頭の中でずっと浮かんでいました」

 その歌の歌詞にはこうある。「僕はYesと言わない、絶対沈黙しない、最後の最後まで抵抗し続ける・・・支配したいなら、僕を倒していけよ!」。

 中共が彼女をか弱いと見くびっていたのなら、それも見当違いだったといえるだろう。周庭氏も、日本メディアも、日本政府も世論も、中共政府に見くびられたままでいるほど弱くはない、ということをこの際、はっきりさせていきたい。

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