【解説】 なぜ日本では新型コロナウイルスの死者が不思議なほど少ないのか

By | July 6, 2020

ルーパート・ウィングフィールド=ヘイズ、BBCニュース東京特派員

日本はなぜ、新型コロナウイルスの感染症COVID-19の死者がそれほど多くないのか?  縁起でもない疑問だが、「日本人のマナーが理由だ」、「免疫力が強いからだ」など、諸説が生まれている。

日本のCOVID-19による死亡率は、アジアで最も低いわけではない。韓国、台湾、香港、ヴェトナムはいずれも、日本より死亡率が低い。

それでも、日本の2020年1~3月の死者数は、平年同期より少なかった。一方、4月は東京で1000人近くの「超過死亡」が出たが、これはCOVID-19が原因の可能性がある。それでも今年を全体でみると、昨年より死者が少なくなるかもしれない。

このことは、COVID-19に対する弱点ともいえる条件を日本がいくつも抱えながら、近隣諸国のような厳しい新型ウイルス対策はついに実施しなかったことを思えば、かなり驚かされる。

■日本で何が起きた? 

中国・武漢で流行がピークを迎え、同市内の病院はあふれ返り、各国が中国からの渡航者の入国を拒否していた2月、日本は国境をずっと開いていた。

新型ウイルスが広まるにつれ、COVID-19の様々な特徴が明らかになっていった。主に高齢者の命を奪うこと、人ごみや長時間の濃厚接触で感染リスクが大幅に上がることなどだ。それに照らすと、日本は人口に占める高齢者の割合が世界一高い。

また、大都市の人口密度も高い。東京圏の人口は実に3700万人にも上り、その大多数にとっての主な移動手段といえば、恐ろしいほどの過密状態で有名な電車だ。

加えて日本は、「1にも2にも検査」という世界保健機関(WHO)の助言に聞く耳を持たなかった。PCR検査を受けたのは、今になってもわずか34万8000人ほどで、人口の0.27%でしかない。

さらに日本は、欧州のような規模の厳密なロックダウン(都市封鎖)を実施してこなかった。政府は4月上旬、緊急事態宣言を出した。しかし、自宅待機の要請は任意だった。生活に不可欠とはいえない商店は閉じるよう言われたが、拒否しても法的な罰はなかった。

これまでCOVID-19対応のお手本とされてきたニュージーランドやヴェトナムなどは、国境封鎖や厳しいロックダウン、大規模な検査、厳格な隔離といった強硬手段を取ってきた。しかし、日本はそのどれも行っていない。

それでも、国内初のCOVID-19患者が報告されてから5カ月がたち、日本で確認された感染者は2万人に満たず、死者は1000人を下回っている。緊急事態宣言は解除され、生活は足早に平常に戻りつつある。

日本がCOVID-19の拡大を(少なくともこれまでは)本当に抑え込んだことを示す科学的証拠は、次々と積みあがっている。

ソフトバンクが社員4万人に抗体検査を実施したところ、新型ウイルスにさらされたのは0.24%だけだった。東京都と近隣2県の計8000人を無作為に抽出した抗体検査では、割合はさらに小さかった。東京都の陽性率はわずか0.1%だった。

安倍晋三首相は5月下旬に緊急事態宣言の解除を発表した際、誇らしげに「日本モデル」について語り、諸外国は日本から学ぶべきだとほのめかした。

■日本はどうやったのか? 

麻生太郎副総理によれば、詰まるところ、日本人の「優れた性質」ということになる。麻生氏は今や散々に批判されている発言の中で、外国の指導者らから日本の成功について説明を求められたことについて、次のように述べた。

「そういった人たちの質問には、おたくとは、うちの国とは国民の民度のレベルが違うんだと言ってやると、みんな絶句して黙るんですけども」

「民度」を「cultural level(文化レベル)」とした英訳もあったが、文字通りに訳せば「people’s level(民衆のレベル)」(になる。

これは、日本の帝国時代にさかのぼる概念で、人種的優越感や文化的優越主義を感じさせる言葉だ。

麻生氏はこの言葉を使ったことで強く非難された。だが多くの日本人と、多少の科学者らが、日本はどこか違うと考えているのは間違いない。いわゆる「X因子(ファクターX)」が、国民をCOVID-19から守っているのだと。

あいさつの時にハグやキスをしないなど、日本にはもともと社会的距離の維持が習慣として社会に組み込まれていることも、関係するのかもしれない。しかしそれが答えだとは誰も思っていない。

■日本は特別な免疫があるのか? 

東京大学の児玉龍彦名誉教授は、日本人が以前にCOVIDにかかっていたのではないかと考えている。COVID-19ではなく、それに似た何かが国民に「歴史的免疫」を植え付けたというのだ。児玉氏は、日本の患者らが新型ウイルスにどう反応するかを研究し、この結論に至った。

教授の説明はこうだ。人体にウイルスが入ると、免疫機能が働き、侵入した病原体を攻撃する抗体を作り出す。抗体にはIGMとIGGという2種類がある。これらがどう反応するかで、同じウイルスか非常に似たウイルスに感染したことがあるかがわかる。

「ウイルスに最初に感染したときは、たいていIGMが先に反応する」と児玉氏は言う。「それからIGGの反応が見られる。しかし、2回目の感染ではリンパ球がすでに記憶していて、IGGの反応だけが急に増える」。

では、検査で陽性と判定された日本人のCOVID-19患者は、何があったのか? 

「検査結果にはとても驚いた。検査にミスがあったのではないかと思った。すべての患者でIGGの反応が素早く現れ、IGMの反応は遅れて出た。しかも弱かった。まるで以前に、非常に似たウイルスにさらされたことがあるようだった」

児玉氏はSARSに似たウイルスがかつて、東アジアの一部で広がった可能性があると考えている。そしてそれが、日本のみならず中国の大部分と韓国、台湾、香港、東南アジアで、死亡率が低い理由かもしれないと話す。

しかし、この主張を疑問視する専門家も複数いる。

「どうしたらそういうウイルスがアジア限定のものになるのか」と、英キングス・コレッジ・ロンドン公衆衛生研究所長の渋谷健司教授は言う。

渋谷氏は、免疫やCOVIDに対する遺伝的感受性に地域的な違いがある可能性を排除はしない。だが、死亡率の大きな差を「X因子」で説明できるかというと、これは疑問視している。

COVID-19との戦いで成功している各国はいずれも、かつて別の感染症を劇的に減らすことに成功した経験がある。それが原因だと、渋谷氏は考えている。

日本人は100年以上前の1919年、インフルエンザのパンデミック(世界的流行)でマスクを着け始め、それ以来、マスクを着ける習慣が定着した。せきや風邪の症状が出たら、周囲の人にうつさないようマスクをするのが、日本では当たり前となっている。

「マスクは物理的なバリアの役割を果たしていると思う。それと同時に、『みんな気をつけましょう』とお互いに注意喚起する効果もある」。インフルエンザの専門家で香港大学公共衛生学院の福田敬二院長はこう言う。

日本の追跡システムも、結核の流行と格闘した1950年代までさかのぼる。政府は全国的な保健所のネットワークを構築し、新たな感染症の発見と厚生省(現厚生労働省)への報告体制を整えた。地域での伝染が疑われた場合は専門家チームを派遣し、接触者を徹底的に追跡し隔離することで感染症に対応している。

■「3密」を早期に警戒

日本は流行初期に、2つの重要なパターンを発見した。

京都大学医療疫学分野研究員で、厚労省クラスター対策班のメンバーでもある神代和明医師によると、COVID-19の発症の3割以上が、同じような場所で起きていることが判明したのだ。

「データは(中略)多くの感染者が、ライブハウスを訪れていたと示していた。大声で叫んだり歌ったりする場所だ。そのため、そうした場所は避ける必要があると分かっていた」

対策班は、「カラオケボックスで歌うこと、パーティー、クラブで騒ぐこと、バーでの会話、スポーツジムでの運動」など、「接近環境での激しい息遣い」をハイリスクの行動と特定した。

対策班はさらに、感染拡大はウイルス保持者のうちのごく一部が原因となっていることを突き止めた。

初期の研究で、SARS Covid-2に感染した人の8割近くが他人に感染させていないものの、2割は感染力が高いことが判明した。

こうした発見が、政府による「3密」回避の呼びかけにつながった。「3密」とは「換気の悪い密閉空間」、「多数が集まる密集場所」、「間近で会話や発声をする密接場面」のことだ。

「ただ家にとどまるように伝えるより、おそらく効果的だったと思う」と神代氏は言う。

高リスクといえば職場も高リスクだが、これは回避対象に含まれなかった。それでも「3密」キャンペーンは感染拡大のペースを遅らせ、ロックダウンを回避させると期待された。感染が少なければ死者も少ないはずだと。

そして実際、しばらくはうまくいった。しかし、3月中旬になると、東京で感染者が急増した。ミラノやロンドン、ニューヨークなどと同じように、東京でも感染者が指数関数的に増えるかと思われた。

この時点で、日本は賢く行動した。あるいは運が良かった。そのどちらだったのかは、まだ明らかではない。

■すべてはタイミング

渋谷教授は、日本に学べることは、他の場所から学べるものとさほど変わらないと考えている。「大事なのはタイミング。それが自分にとっての学びだった」と教授は言う。

安倍首相は4月7日、強制力のない緊急事態宣言を発令。「できるだけ」家にとどまるよう国民に呼びかけた。

「この対策が遅れれば、ニューヨークやロンドンと似た状況になっていたかもしれない。(日本の)死亡率は低い。米コロンビア大学の最近の研究は、ニューヨークがロックダウンを2週間早く実施していたら、何万人もの命を救えたはずだと示唆している」と渋谷氏は話す。

米疾病対策センター(CDC)は最近の報告書で、心臓病や肥満、糖尿病などの基礎疾患がある人がCOVID-19にかかると、入院する確率は6倍、死亡する確率は12倍高くなるとした。

日本は先進国の中で、冠動脈性心疾患と肥満の人口比が最も低い。しかし科学者らは、こらですべてを説明できるわけではないと強調する。

「そうした身体的な違いは、ある程度影響するかもしれない。しかし、それ以外の面がもっと大事だと思う。目に見えるどんな現象も、簡単には説明できないと、私たちはCOVID-19から学んだ。最終的な結果には多くの要因が絡んでいる」と、香港大学の福田教授は言う。

■政府の要請を国民が聞き入れた

安倍首相の「日本モデル」自慢に話を戻すと、そこから学べることは何かあるのだろうか?  

日本が封鎖も外出禁止もせず、今のところ感染者数と死者数を少なく抑えている事実は、他の国が進むべき道を示しているのだろうか? 

答えはイエスであり、ノーでもある。

日本の成功を説明できる「X因子」は存在しない。日本にとって大事なことは、他の国にとっても同じ。いかに伝染の連鎖を断ち切るかだ。

政府の呼びかけは命令ではなかったが、日本の人たちはもっぱら外出を控えた。

「運が良かったと同時に、意外だった」と渋谷氏は言う。「日本の緩やかなロックダウンは、本当のロックダウンと同じ効果があったようだ。日本人は厳格な措置がなくても、ちゃんと従った」

「感染者と非感染者の接触をどうすれば減らせるのか?」と福田教授は問いかける。「社会全体が一定の反応をする必要がある。しかし、日本の人たちによる今回の反応を、他の国が再現するのはなかなか難しそうだ」

日本政府は住民に対して、細心の注意を払い、混雑した場所に近寄らないこと、マスクをすること、手を洗うことなどを求めてきた。

そして日本ではほとんどの人が、その通りに行動してきたのだ。

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